シューゲイザー入門──轟音の中の静けさを聴く最初の5枚

ロック・オルタナ

ギターの轟音に声が沈み、メロディの輪郭が霧のように滲む。初めて聴く人は「音が大きいのに、なぜか静かだ」と感じるはずだ。シューゲイザーは、その矛盾をそのまま美学にしたジャンルである。当サイトの言葉を借りれば、轟音の壁の向こうに「そこにない音」を聴く音楽だ。本稿では前史から『Loveless』の制作神話、日本と世界の現行シーン、機材の裏側までを一気に案内する。

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シューゲイザーとは──「靴を見つめる人たち」

1980年代末〜90年代初頭のイギリスで生まれた呼び名で、語源は「shoe(靴)+gaze(見つめる)」。足元に並べた大量のエフェクターを操作するため、うつむいたまま演奏する姿を当時の英国メディアが揶揄したのが始まりだ。ロンドン近郊のバンド同士が互いのライブに顔を出す様子は「The Scene That Celebrates Itself(内輪で祝い合うシーン)」とも皮肉られた。蔑称として生まれた言葉が、いまや世界中で愛されるジャンル名になっているのだから面白い。

音の特徴は3つ。歪んだギターを何層にも重ねた「音の壁」、その中に埋め込まれる囁くようなボーカル、そして轟音なのにどこか浮遊して聴こえる甘いメロディ。歌詞を聴き取らせる気がほとんどないところまで含めて様式である。

前史──壁はどこから来たか

轟音とポップの結婚には系譜がある。1985年、The Jesus and Mary Chain『Psychocandy』が、ビーチボーイズのようなメロディを耳をつんざくフィードバックで包むという発明をやってのけた。同じ頃、Cocteau Twins(4AD)はリバーブの奥で歌詞ですらない造語を歌い、「声を楽器にする」道を開いた。A.R. Kaneが自らの音楽を”dream pop”と呼び、米国ではDinosaur Jr.が轟音と泣きメロの共存を実証する。これらが合流する場所に、1988年、My Bloody Valentine『Isn’t Anything』が現れてジャンルの扉を開けた。

最初の5枚

1. My Bloody Valentine『Loveless』(1991)

ジャンルの聖典。核心はグライド・ギターと呼ばれる奏法にある。ケヴィン・シールズはジャズマスターのトレモロアームを握ったままコードを弾き、ピッチそのものを常に揺らした。音程の定まらないギターが幾重にも重なることで、あの陶酔的な「揺れる壁」が生まれる。約2年に及ぶ制作は多数のスタジオを渡り歩き、レーベル(Creation)を財政危機に追い込んだと伝説的に語られる(誇張も含むとされるが、それが神話になるほどの執念の産物ではあった)。1曲目「Only Shallow」の冒頭4打で、シューゲイザーとは何かの説明はほぼ終わる。


2. Slowdive『Souvlaki』(1993)

轟音のMBVに対して、こちらは残響の美学。「Alison」「When the Sun Hits」など、霧の中から浮かび上がるメロディの美しさは全ジャンル込みでも屈指だ。当時の英メディアはブリットポップ前夜の空気の中で本作を酷評したが、時間が全面的にSlowdiveの側についた。初心者が聴きやすさで選ぶならLovelessよりこちらが先でもいい。


3. Ride『Nowhere』(1990)

三大名盤の最後の一角。前2枚と違い、疾走感とコーラスワークという「バンドの躍動」が残っているのが特徴で、ギターロック好きの入口として最適。「Vapour Trail」は永遠の名曲。


4. きのこ帝国『eureka』(2013)

日本語でシューゲイザーをやるとどうなるか、という問いへの最良の回答のひとつ。轟音と日本語詞の私小説性が同居し、タイトル曲後半で視界が開ける瞬間は何度聴いても鳥肌が立つ。ここから国内シーンへ掘り進む起点になる。


5. Slowdive『everything is alive』(2023)

再結成後2作目。エレクトロニクスを取り込みながら、かつての残響の美学が現在形で更新されている。シューゲイザーが「90年代の懐古」ではなく現役のジャンルであることの証明として、最後にこれを。


死と復活──ジャンルの30年

1990年代半ば、シューゲイザーは一度死んだ。米国からはグランジが、足元からはブリットポップが台頭し、内向きの轟音は「時代遅れ」の烙印を押される。Rideは解散、Slowdiveも3作目を最後に散り、MBVは沈黙した。

転機は2000年代後半。2007年にMy Bloody Valentineが再結成し(2013年には22年ぶりの新作『m b v』を発表)、2014年にはSlowdiveがスペインのフェスPrimavera Soundで復活、2017年のセルフタイトル作は新世代のリスナーに迎えられた。この間、ネットの海では国境のないリバイバルが進行しており、いまやZ世代が90年代の音源をプレイリストで再発見する時代になっている。蔑称だったジャンル名は、完全に美称へと反転した。

日本と世界の現行シーン

日本には独自のシューゲイザー文化が根付いている。90年代から活動するcoaltar of the deepers(轟音とメタル、渋谷系すら混ぜる異能)、Luminous Orange、2000年代以降の死んだ僕の彼女(my dead girlfriend)、For Tracy Hyde、そしてオルタナ入門でも触れたきのこ帝国と、系譜は途切れていない。

海外に目を向けると、米国のDIIVやNothing、韓国の宅録アーティストParannoul──『To See the Next Part of the Dream』(2021)は、ベッドルームから世界のリスナーに届いた21世紀シューゲイザーの事件だった──など、シーンは完全にグローバル化した。バンド形態すら必須ではなくなった今、このジャンルは「機材と美学」だけで国境を越えて増殖している。

機材の話を少しだけ──壁の作り方

シューゲイザーは機材のジャンルでもある。定番はフェンダーのジャズマスター/ジャガー(アームでピッチを揺らすため)、そしてリバースリバーブ(残響が逆再生のように立ち上がるエフェクト。シールズが多用したことで様式化した)。歪みは複数を重ね、リバーブとディレイで輪郭を溶かす。ライブでは爆音のフィードバックすら設計の一部だ。ペダルボードの写真を眺めるだけで楽しめるようになったら、あなたはもう沼の住人である。

聴き方のコツ──歌詞ではなく質感を聴く

  • ヘッドホン推奨。音の壁は左右の広がりと奥行きでできている。密閉型でどっぷり浸かるのが定石
  • 音量は普段より一段上げる。轟音の中の細部(埋もれた声、揺れるピッチ)は小音量だと現れない
  • 聴き取ろうとしない。ボーカルは楽器のひとつ。意味を追わず質感として浴びると急に気持ちよくなる

この「聴き取れないものに耳を澄ます」感覚は、アンビエントの聴き方と地続きだ。轟音と静寂、方向は真逆でも「余白を聴く」点で兄弟のようなジャンルだと思う。

まとめ

フィードバックにポップを埋めたJAMC、声を楽器にしたコクトーズ、ピッチごと世界を揺らしたMBV。シューゲイザーの歴史は「うるささ」と「美しさ」は両立するどころか、互いを強め合うという発見の歴史だ。まずは5枚。ヘッドホンで、いつもより少し大きな音で。

あわせて読みたい: オルタナ入門──引き算と余白/アンビエント入門

シューゲイザーの何がいいって、「うるさい音楽で癒される」という背理が成立していることだ。疲れた夜にLovelessを大音量で流すと、脳の言語野だけが先に眠って、感覚だけが起きている状態になる。あれは他のジャンルでは得られない。轟音アレルギーの人こそ、一度ヘッドホンで試してほしい。

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