オルタナ入門──“もう一つの選択肢”の魅力を、引き算と余白から読み解く

ロック・オルタナ

「オルタナ(オルタナティブ・ロック)って結局なんなの?」と訊かれると、一言では答えにくい。メインストリームへの”もう一つの選択肢(alternative)”として括られてきた音の総称で、ジャンルというより態度に近いからだ。この記事では、その態度の核心を「引き算」と「余白」という切り口で解きほぐし、系譜の地図、タイプ別の入口と具体的な名盤、日本のオルタナまでを一気に案内する。

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オルタナの本質は「引き算」と「余白」

オルタナの多くは、技巧を見せつけるより、あえて音を減らして空気をつくる方向に美学がある。実例を3つ挙げよう。

Pixiesが発明し、ニルヴァーナが「Smells Like Teen Spirit」で世界に広めたことをカート・コバーン自身が公言していた静と動(quiet-loud)のダイナミクス。静かなヴァースがあるからこそ、爆発するサビが効く──轟音の価値は、直前の静寂が決めるという構造だ。

Slint『Spiderland』(1991)の張り詰めた「間」。語りのような呟きと、いつ爆発するかわからない緊張感だけで6曲44分を持たせるこのアルバムは、後のポストロックの設計図になった。

そしてTalk Talk『Spirit of Eden』(1988)。ヒットバンドだった彼らが商業性を捨て、スタジオの暗闇で即興を録りためては削ぎ落として作った本作は、「音を消していくことで音楽を作る」という発想の到達点で、ポストロックという言葉が生まれるきっかけになった。当サイトがジャズやアンビエントとオルタナを同じ棚に置いているのは、この「鳴っていない部分の緊張感」という共通点ゆえだ。

5分でわかる系譜図

起点はThe Velvet Underground(1967〜)。売れなかったが「聴いた者全員がバンドを始めた」と言われる存在で、ノイズと囁きが同居する作品群はオルタナの原型だ。その後の流れをざっくり地図にすると──パンク(1977)の後のポストパンク(Joy Division、Wire)が音の隙間を発見し、80年代の米大学ラジオ発カレッジロック(R.E.M.『Murmur』1983)と、ノイズを構築に変えたSonic Youth『Daydream Nation』(1988)、静動のPixies『Doolittle』(1989)が地下水脈を作る。それがNirvana『Nevermind』(1991)で一気に地表へ噴き出し、「オルタナティブ」が皮肉にもメインストリームになった。その反動と発展として90年代にポストロック、スロウコア、エモが分岐し、Radioheadが『OK Computer』(1997)から『Kid A』(2000)でロックそのものを解体してみせる──ここまでが大まかな幹だ。

タイプ別・3つの入口と名盤

1. ドリームポップ/シューゲイザー──音の壁に沈む

ギターのノイズを轟音の”壁”に仕立て、その中に歌を溶かし込む。歌詞を聴き取るより質感に浸る聴き方だ。Cocteau Twins『Heaven or Las Vegas』(1990)の造語のような歌声、Beach House『Teen Dream』(2010)の白昼夢。轟音側に振り切るならシューゲイザー入門で詳述したMy Bloody Valentine『Loveless』へ。

2. ポストロック/スロウコア──歌のないドラマ、遅さの美学

ボーカルを主役にせず、反復と展開で感情を積み上げる。Mogwai『Young Team』(1997)の静→轟音の落差、Sigur Rós『Ágætis byrjun』(1999)の氷河のような荘厳さ、国内なら4本のギターが編み物のように絡むtoeのライブは体験として別格だ。さらに遅さに惹かれたら、スロウコアのLow『I Could Live in Hope』(1994)へ。BPMを落とし音数を削るほど1音の重みが増すという、引き算の美学の極点がある。

3. 歌で掴む──インディーロック/オルタナR&B

轟音や実験に身構えるなら、歌が立っている側から。The Smiths『The Queen Is Dead』(1986)の陰影とギターアルペジオ、Pavement『Crooked Rain, Crooked Rain』(1994)の脱力(下手ウマと呼ばれた緩さは高度な計算だ)、現代ならPhoebe Bridgers『Punisher』(2020)の囁き。そしてオルタナR&Bの金字塔Frank Ocean『Blonde』(2016)──ビートすら抜き、声と余白だけで成立させた本作は、ジャンルは違えど本稿の「引き算」の系譜そのものだ。

日本のオルタナ──翻訳ではなく発明

  • NUMBER GIRL『SAPPUKEI』(2000)──鋭利なギターと博多弁の叙情。向井秀徳の言語感覚は誰にも似ていない
  • bloodthirsty butchers『kocorono』(1996)──不器用さがそのまま轟音になったような、日本のエモ/オルタナの聖典
  • フィッシュマンズ『空中キャンプ』(1996)/『LONG SEASON』(1996)──ダブと浮遊感で作った35分1曲の音響。海外リスナーから逆輸入的に再評価され続けている
  • ゆらゆら帝国『空洞です』(2007)──ロックバンドが音を抜きに抜いた果ての、スカスカなのに濃密という逆説。「引き算のオルタナ」の日本代表としてこれ以上の例を知らない

聴き方のコツ

  • アルバム単位で聴く。オルタナは曲順と流れで設計されていることが多い。1枚を通す体験がプレイリスト文化では得られない没入を返してくれる
  • 音量の設計に気づく。静のパートで音量を上げたくなったら、それは作り手の狙い通り。上げずに我慢して爆発を待つのも一興
  • ライブで確かめる。静と動の落差はスピーカーよりステージで浴びるものだ。夏フェスカレンダーから現場を探してほしい

まとめ

オルタナの面白さは、「売れること」を第一目的にしない音楽が、結果として長く愛されるところにある。VUもSlintもTalk Talkも、リアルタイムでは黙殺に近かった。時代の裏で鳴っていた音が10年後に”あれは早すぎた”と再評価される──その時間差ごと楽しむ音楽だ。まずは気になった1枚を、アルバム頭から最後まで。

あわせて読みたい: シューゲイザー入門/アンビエント入門

「引き算と余白」という切り口は、実はゆらゆら帝国『空洞です』を初めて聴いた夜に降ってきた言葉だ。あんなに音が少ないのに、部屋の空気が変わる。以来、音数の多い音楽を聴くたびに「この音は本当に要るのか?」と考える癖がついてしまった。あなたの人生の「引き算の1枚」があれば、ぜひコメント欄で。

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