1997年5月にリリースされたレディオヘッド(Radiohead)のサード・アルバム『OK Computer』は、ポピュラー音楽における音響設計とレコーディング・プロセスのパラダイムシフトとして位置づけられる。本作は、当時のイギリスの主流であったブリットポップの形式主義的なソングライティングや、過度な多重録音によるギター・アンサンブルへの直接的な反発から出発した。レディオヘッドのメンバー5人と共同プロデューサーのナイジェル・ゴドリッチ(Nigel Godrich)は、従来の閉ざされたスタジオ環境を離れ、邸宅の物理的残響を活かしたレコーディングや、黎明期のデジタル機材とアナログテープのハイブリッド処理など、数々の音響実験を試みた。本稿では、当時の歴史的背景、録音地となった邸宅「St Catherine’s Court」での空間活用、具体的な使用機材と技術的アプローチ、そして収録曲9曲の構造的特徴について、客観的な事実と証言を基に詳細に検証する。

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ブリットポップへの反発と『Bitches Brew』の思想

『OK Computer』の制作が開始された1996年当時、イギリスの音楽業界はオアシスやブラーを筆頭とする「ブリットポップ」の最盛期にあり、ラウドでストレートなギターアンサンブルとシンガロングを前提とした歌メロが量産されていた。レディオヘッドは1995年のセカンド・アルバム『The Bends』で商業的成功を収めていたが、フロントマンのトム・ヨーク(Thom York)は、定型化されたロック・スターとしての記号的消費と、長期にわたるワールドツアーによる精神的・身体的疲弊に直面していた。

ギタリストのジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)は、当時のバンドの姿勢について後に次のように語っている。「僕たちは、単にコード進行に歌詞を載せて、それを大音量のギターで鳴らすという定型から抜け出したかった。曲そのものの良さだけでなく、音がスピーカーの中でどのように配置され、どのようなテクスチャー(質感)を持っているかという、音響的な構造そのものを提示したかったんだ」。

彼らが本作の音響的ロールモデルとして挙げたのが、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)が1970年に発表した先鋭的なジャズ・アルバム『Bitches Brew』だった。トム・ヨークは『Bitches Brew』のサウンドスケープについて、「すべての楽器が個別の空間に配置されていながら、全体としてひとつの巨大な生物のように有機的に機能している。あの密度と、楽器と楽器のあいだにある『空気』の捉え方をロックバンドのフォーマットで再現したかった」と述べている。

また、バンドはクラウトロックの代表格であるカン(Can)のミニマリズムや、ポーランドの現代作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki)の無調音楽・不協和音のテクスチャーも研究していた。これらの多様な影響を消化するための最初のステップが、当時ロンドンで最高峰と言われた「アビー・ロード・スタジオ(Abbey Road Studios)」などの伝統的なレコーディング環境から離脱することであった。

レディオヘッド
『OK Computer』時代のレディオヘッド。出典: Wikimedia Commons(Samuel Wiki / CC BY-SA 2.5)

録音拠点「St Catherine’s Court」での空間音響実験

1996年9月、バンドはEMIからの前借金で自前で購入した移動式レコーディングシステム「Canned Applause」を携え、イングランド南西部サマセットのバース(Bath)近郊にある歴史的邸宅「St Catherine’s Court」をレンタルした。この邸宅は、当時女優のジェーン・シーモア(Jane Seymour)が所有していた15世紀の登録有形文化財であり、一般的なレコーディングスタジオにあるような防音壁や吸音板は一切設置されていなかった。

この「コントロールされていない生の空間」こそが、ナイジェル・ゴドリッチとバンドメンバーにとっての実験場となった。ゴドリッチは、各部屋の異なる音響特性を楽器として活用するセッティングを行った。

  • 「Exit Music (For a Film)」の吹き抜け効果
  • 「Let Down」のボールルーム録音
  • 「Subterranean Homesick Alien」のエコーチェンバー

このような物理的な部屋の鳴りは、マルチマイクで各楽器を個別に完全分離してブース録音する現代のスタジオワークでは再現不可能な、独特の「奥行き」と「歪み」を伴う空気のグラデーションを生み出した。

黎明期のデジタル機材とアナログのハイブリッド仕様

『OK Computer』のレコーディングは、24トラックのアナログ・テープレコーダー(Otari MTR-90)と、初期のハードディスクレコーダー(主にCubaseやPro Toolsの初期システム)を組み合わせたハイブリッド環境で行われた。当時としては先進的だったこのシステムにおいて、特に注目すべきは「音の劣化」と「テクスチャーの制御」のために機材が使用された点である。

ドラムサンプリングと「AKAI S3000」の活用

「Airbag」で聴かれる寸断されたドラムループは、フィリップ・セルウェイ(Philip Selway)が叩いた数秒の生ドラムを、当時のスタンダード機であった「AKAI S3000」サンプラーに取り込み、Mac上の初期Cubaseで手作業でスライスし、再構築されたものである。トム・ヨークは「単に綺麗なビートをループさせるのではなく、スライスしたサンプルの間に微細な無音(ミュート)を挟むことで、人間の演奏では不可能な『ぎこちなさ(ツレ)』を作り出した」と語っている。さらに、このデジタルでスライスされた波形を、再度アナログテープに過大入力で録音して歪ませ、温かみのある中低域を付加した。

エド・オブライエンの「AMS DMX 15-80S」と発振ノイズ

ギタリストのエド・オブライエンは、メロディやコードを弾く役割から一歩引き、ギターを「音響テクスチャーの発生装置」として使用した。彼が多用したのは、ギブソン・ES-335ギターと、1980年代の伝説的デジタルディレイ「AMS DMX 15-80S」および「Roland RE-201(スペースエコー)」の組み合わせである。 「Karma Police」のラストに配置されている、地を這うような発振ノイズは、エドがギターのシグナルをAMSディレイに送り、ディレイタイムを手動で回してフィードバックをループ・自己発振させた音である。ゴドリッチは、この発振した電気ノイズをコンソール(Neve製特注ミキサー)のフェーダーでコントロールしながら、曲の最後で一気にフェードアウトさせる演出をライブ録音した。

ジョニー・グリーンウッドのオンド・マルトノとモジュラー

クラシック音楽の素養を持つジョニー・グリーンウッドは、1920年代にフランスで発明された初期の電子楽器「オンド・マルトノ(Ondes Martenot)」を本作から導入した。「Paranoid Android」や「No Surprises」の背景で聴こえる、テルミンのような揺らぎのあるサイン波の音は、ジョニーが実機を演奏したものである。ジョニーはまた、Mutron Bi-Phaseなどのアナログ・フェイザーや、Shin-ei製ファズ(FY-2)などのヴィンテージ・ペダルを使用して、現代的なクリーンサウンドとは異なる「不純物を多く含んだ音色」を注意深く設計した。

収録曲9曲の音響構造と技術的アプローチ

ここからは、本作の核心をなす9曲をピックアップし、それぞれの楽曲で用いられた具体的なレコーディング手法、機材のセッティング、アレンジ上の客観的事実を詳細に解説する。

「Airbag」

アルバムのオープニングトラックであるこの曲は、交通事故と生存をテーマにしている。音響設計上の最大の特徴は、前述した生ドラムのデジタルサンプリングとテープダビングの融合である。

  • ビートの構造
  • コリン・グリーンウッドのベースアプローチ

「Paranoid Android」

3つの異なるセクションが連結された6分超の組曲。ビートルズの「Happiness Is a Warm Gun」に触発されたとされるが、その技術的処理は極めてモダンである。

  • 7/4拍子の変則リズムとカバサ
  • ジョニーの狂気的なギターソロ
  • オンド・マルトノによるコーラス

「Subterranean Homesick Alien」

マイルスのモードジャズに最も接近したとされる、浮遊感あふれる3拍子の楽曲。

  • Fender Rhodesのエフェクト処理
  • エドのテクスチャー・ギター

「Exit Music (For a Film)」

バズ・ラーマン監督の映画『ロミオ+ジュリエット』のために書き下ろされた楽曲であり、映画のエンディングを劇的に飾るためにダイナミックな音響設計が行われた。

  • ボーカルとアコースティックの「超クローズド」集音
  • ファズベースの爆発

「Let Down」

緻密なポリリズムと空間処理が融合した、アルバム中で最も録音技術的に複雑な曲のひとつ。

  • ポリリズムの構成
  • 多重録音によるボーカルの空間配置

「Karma Police」

ピアノを基調とした、伝統的なアコースティック・アレンジと最新のデジタル処理が衝突する楽曲。

  • Neveコンソールのサチュレーション
  • エド・オブライエンの発振ディレイ

「Climbing Up the Walls」

アルバムの中で最も実験的かつ不穏な音響設計が施された、インダストリアル調の楽曲。

  • 16パートのトーンクラスター
  • ポータブルラジオのリアルタイム・サンプリング

「No Surprises」

極限まで音数が整理された、本作を代表するアコースティックな子守歌。

  • トムのボーカルのピッチ操作
  • アコースティックとグロッケンシュピールの融合

「The Tourist」

アルバムの最終トラックであり、速度とテクノロジーに対する明確なアンチテーゼとして配置された3拍子のヘヴィー・バラード。

  • 意図的な速度低下とブレイク
  • 最後のトライアングルの残響

アートワークの視覚的余白とスタンリー・ドンウッドの思想

『OK Computer』のパッケージングは、音楽が持つ音響的余白を視覚的にも表現している。アートワークを手がけたのは、バンドの長年のヴィジュアル・パートナーであるスタンリー・ドンウッド(Stanley Donwood)と、トム・ヨーク(「The White Chocolate Farm」名義)である。

彼らが構築したのは、コンピュータによるグラフィックコラージュと、手書きのラフなスケッチを何層にも重ね合わせた、青と白を基調とする抽象的なヴィジュアル群である。そこには、高速道路の標識、不気味なダイアグラム、避難訓練の指示書のような図像、そして殴り書きされた意味深な言葉(「LOST CHILD」「PROKOFIEV」など)が散りばめられている。

しかし、最も注目すべきは、それらの図像を取り囲む「広大な白いスペース(余白)」の存在である。

ドンウッドは、このデザインプロセスの裏側について次のように語っている。「私たちは、当時のレコード店に溢れていたラウドでサイケデリックな、あるいは原色で埋め尽くされた騒々しいグラフィックに対するアンチテーゼを作りたかった。何も描かれていない白い空間は、液晶画面の冷たい光であり、同時に情報が欠落した空白地帯でもある。そこにあるのは、言葉やイメージがその意味を失っていく過程だ」。

ドンウッドは制作過程において、コンピュータの「元に戻す(Undo)」コマンドをあえて使用せず、操作ミスや予期せぬ画像の劣化、エラーメッセージなどをそのままデザインの一部として残した。このアプローチは、音楽面においてナイジェル・ゴドリッチがデジタルディレイの発振ノイズや、アナログテープの過負荷による歪み、部屋の生の残響を「不完全な美」としてそのまま記録したアプローチと完全に一致している。パッケージの白い余白は、音楽の中にある「無音」と共鳴し、聴き手に対して物理的な静寂を意識させるための決定的な視覚的トリガーとなったのである。

ストリーミング時代における「余白」の批評性

『OK Computer』が発表された1997年当時にトム・ヨークたちが直面していた「テクノロジーによる情報の氾濫と個人の記号化」という予感は、21世紀のストリーミング環境において完全に日常と化した。私たちは、スマートフォンを通じて数千万曲のジャズやロックに瞬時にアクセスできるが、同時にアテンション・エコノミー(関心経済)のアルゴリズムに耳を管理されている。

今日のストリーミングサービスにおいて、音楽はプレイリストとして均一化され、日常のBGMや作業用ムード音楽として効率的に消費されている。少しでも退屈な展開や、音が途切れる瞬間があれば、ユーザーは瞬時に「スキップ」ボタンを押し、次のコンテンツへと移行する。このような「空白の排除」こそが、現代の音楽消費における支配的なルールである。

この文脈において、『OK Computer』の音響設計を「余白の聴取」として受け取ることは、アテンションエコノミーに対する能動的な介入となり得る。

特に「No Surprises」の極限まで整理された引き算のアンサンブルや、「The Tourist」のラストを飾るトライアングルの減衰とその後に続く無音は、聴き手に対して「能動的に耳を澄ますこと」を要求する。

スマホの通知をオフにし、スピーカーのボリュームをいつもより少しだけ下げて本作を聴くとき、大音量では気づかなかった微細な音の存在に気づくことになる。「Exit Music」の前半で響くトムのブレスの音、アコースティックギターの弦を擦る指のノイズ、あるいは「Subterranean Homesick Alien」の背景で揺れ動くフェンダー・ローズの残響の消え際。これらは、音量を下げることで、聴き手の脳内ノイズフロアが低下し、むしろより鮮明にその輪郭を現す。

ストリーミングのノーマライゼーション(音量平準化)によって一律に圧縮されがちなダイナミックレンジを、私たちはボリュームノブを意識的に下げることによって、自らの感覚の側で再構築することができる。『OK Computer』の余白は、単なる背景音としての沈黙ではなく、情報過多によって麻痺した私たちの耳をリセットし、日常のノイズの背後にある「鳴っていない音」を聴くための批評的な装置なのである。

まとめ

Radiohead『OK Computer』の偉大さは、テクノロジーによる世界の疎外を予言的に歌い上げたことだけにとどまらない。その本質は、オックスフォード近郊の邸宅「St Catherine’s Court」という物理的なアコースティック空間を活かし、初期のデジタル機材とアナログテープをハイブリッドに稼働させた、極めて緻密で肉体的な「音響実験」の成果である。

ナイジェル・ゴドリッチとメンバー5人は、当時のブリットポップの過剰なギターアンサンブルから音を「引き算」し、マイルス・デイヴィスが『Bitches Brew』で提示したような「空間と空気の鳴り」をロックバンドのフォーマットで再構築した。

深夜、部屋の明かりを落とし、スピーカーのボリュームをいつもより少しだけ左に回してみる。そして、アルバムの最後のトライアングルの音が消え去った後の沈黙に、じっと耳を傾けてみる。そこにこそ、彼らが1997年にコートハウスの冷たい空気の中で捉えようとした、真の「そこにない音」が鳴り響いているはずである。

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深掘り:デジタルとアナログの狭間で――『OK Computer』が描いた疎外感

Radioheadが1997年にリリースした『OK Computer』は、しばしば「90年代の『狂気』(Pink Floyd)」や「ロックの限界点」と評される。しかし、このアルバムの真の偉大さは、テクノロジーが急速に社会を侵食していく世紀末の不安を、ギターロックとエレクトロニクスの完璧な融合によって「音響化」した点にある。

ナイジェル・ゴッドリッチを共同プロデューサーに迎えた本作は、16世紀に建てられた洋館「セント・キャサリンズ・コート」で録音された。石造りの広間がもたらす天然のリバーブ(残響)は、アルバム全体にゴシック的で冷ややかな空間性を与えている。特に「Let Down」や「Exit Music (For a Film)」で聴かれる、アコースティック・ギターの生々しい響きと、メロトロンやシンセサイザーの人工的なノイズの対比は、血の通った人間が機械の冷たさに飲み込まれていくプロセスを見事に表現している。

「ロックバンド」という形態の解体

このアルバムにおける最大のハイライトである「Paranoid Android」は、3つの異なるセクションを強引に繋ぎ合わせた組曲形式をとっており、明確なサビが存在しない。ジョニー・グリーンウッドのエフェクティブで暴力的なギターソロと、トム・ヨークのファルセットが交錯するこの曲は、当時のブリットポップ・ムーブメントが持っていた楽観主義に対する明確な決別宣言であった。

本作の成功により、Radioheadは世界最大のロックバンドの座に上り詰めるが、彼らはその地位に安住することなく、次作『Kid A』でギターすら捨て去り、エレクトロニカの深淵へとダイブすることになる。『OK Computer』は、ロックバンドが「ロック」というフォーマットの限界に挑み、その向こう側にある「未知の音響空間」へと足を踏み入れた瞬間を克明に記録した、音楽史における重要な特異点である。

音が鳴り終わったあとの空間に漂う気配こそ、この作品の本質かもしれません。一音一音の隙間に想いを巡らせてみてください。