机の上に小型スピーカーを置くとき、効くのは口径でも出力でもなく耳との距離である。音源に近づくほど直接音が優勢になり、部屋の反射が相対的に後退する。狭い部屋や整えられていない部屋で不利を抱えている人ほど、この距離の効果が大きい。厳密な試聴条件を定めた勧告としてはITU-R BS.1116-3(オーディオシステムの微小な劣化を主観評価する方法)があるが、ここで扱うのは専用室の作り方ではなく、いま使っている机で余白を出すための設置である。

近づくと部屋が後退する、という原理

部屋の中で聴こえている音は2つの成分でできている。スピーカーから耳へまっすぐ届く直接音と、壁・天井・机で反射してから届く音である。前者は距離が離れるほど弱まるが、後者は部屋全体に散った成分なので、聴取位置を動かしてもさほど変わらない。

したがって、耳をスピーカーへ近づけると直接音だけが強くなり、反射音との比率が変わる。ニアフィールドと呼ばれる聴き方の本質はここにある。部屋を改善したのではなく、部屋の寄与を相対的に小さくしているのである。音像の輪郭がはっきりし、音数の少ない録音で間が間として聴こえるのは、この比率が変わった結果にすぎない。

この理屈は、住環境の制約を機材で解こうとして行き詰まった経験があるほど効く。部屋の条件から機材を決める順序については開放型と密閉型の使い分けで扱った。

小型のブックシェルフスピーカー
机の上に置く小型のブックシェルフ型スピーカー。出典: Wikimedia Commons(Ainsley117 / CC0)

まず距離と角度を決める

設置の出発点は正三角形である。左右のスピーカーと自分の頭が正三角形の頂点になるように置き、スピーカーの正面を耳へ向ける。机の上なら一辺は60センチから80センチほどに収まることが多い。

この配置が基準になるのは、左右から届く音の時間差と音量差が対称になるためである。片方だけが近い、片方だけが正面を向いていないという状態では、音像が近い側へ引っ張られる。高価な機材で音像が中央に定まらない場合、原因は機材ではなく非対称であることが多い。

スピーカーのツイーター
指向性が強く、軸から外れると高域が急速に落ちるツイーター。出典: Wikimedia Commons(Ephramac / CC BY-SA 4.0)

ツイーターの高さを耳に合わせる

次に高さである。高域を担うツイーターの軸を、座ったときの耳の高さに合わせる。高域は指向性が強く、軸から外れると急速に落ちる。机に直置きすると、たいていツイーターは耳より10センチから20センチ低い位置に来る。

この状態で聴くと、高域が足りないように感じる。そこでイコライザーで高域を持ち上げると、軸上に戻ったときには過剰になる。先に高さを直し、それでも足りなければ調整するという順序を守ると、余計な補正を積まずに済む。台に載せる、あるいは角度を付けて上向きにするだけで解決する。

机と壁の2つの反射を切る

ニアフィールドでも消えない反射が2つある。1つは机の天板で跳ね返って耳へ届く音、もう1つは背後の壁で反射して遅れて届く音である。どちらも直接音と混ざって、特定の帯域を強めたり弱めたりする。

天板の反射は、スピーカーを天板から離すことで弱まる。インシュレーターや台を挟んで数センチ持ち上げるだけでも、机を経由する経路が減る。壁の反射は距離で決まるので、背面から10センチ以上は離す。壁に密着させると低域が持ち上がるが、これは量が増えているだけで解像度は下がる方向に働く。低音が物足りないという理由で壁に寄せると、輪郭がぼやける。

加えて、机そのものが振動する場合がある。天板の共振はスピーカーの低域と結びつくと、ぶわりとした膨らみになる。同じ原理はレコード入門で扱った設置の話と共通で、振動する経路を断つのが先である。

確認する順序を4段にまとめる

ここまでを手順にすると、費用のかからない順に4段になる。

  • 対称にする。左右の距離・角度・高さを揃える。音像が中央に来ない原因の大半はここ
  • 高さを合わせる。ツイーターの軸を座位の耳の高さへ。台か角度で調整する
  • 天板から浮かせる。数センチでも机を経由する反射が減る
  • 壁から離す。背面10センチ以上。低域の量ではなく輪郭で判断する

この4段はいずれも買い物を伴わない。順に試して、それでも不満が残った段階で初めて機材の話になる。順序を逆にすると、設置で解決できたはずの問題に予算を使うことになる。

ニアフィールドで得られないもの

利点だけ書くのは公平ではないので、この聴き方が苦手な領域も挙げておく。

第一に、音場の広がりは頭打ちになる。正三角形の一辺が60センチ程度だと、左右の音像は机の幅の中に収まる。ホールの奥行きを描くような録音では、この狭さが物足りなく感じられる。第二に、低域は物理的に限界がある。小型の筐体は空気を動かす量が小さく、最低域は出ない。壁に寄せて量を稼ぐ方法はあるが、それは前述のとおり輪郭と引き換えになる。

第三に、姿勢が固定される。正三角形の頂点から外れると、対称性が崩れて音像が動く。作業しながら体を動かす使い方とは相性が悪い。ながら聴きが主目的なら、設置を詰める価値はあまり無いというのが正直なところである。

それでも机の上を整える理由

制約を並べたうえで、なお残る価値は何かというと、小さな音量でも成立することである。直接音が優勢な位置では、音量を上げなくても細部が届く。夜に音量を上げられない環境ほど、この差は効く。

音量を上げずに満足度を上げる方向の工夫は小さな音量で豊かに聴くオーディオ術に、聴取音量そのものの考え方は夜の小音量に向くヘッドホンの条件に置いてある。ヘッドホンで得ていた静けさを、机の上でも作れるかという問いだと考えると、この4段の意味が分かりやすい。

余白の多い録音ほど、設置の差が出る。鳴っていない時間が長い音楽では、その空白に部屋の反射が入り込むかどうかが印象を分けるためである。何を聴くかから入るならアンビエント・ミュージック入門が入口になる。